大野稼頭央の出身中学は? 高校は地元・奄美大島に進学!最強バッテリー誕生秘話

大野稼頭央の出身中学は?高校は地元・奄美大島に進学!最強バッテリー誕生秘話
ぽち

今年のドラフト会議で、大野稼頭央選手はソフトバンクから4位で指名があったね!

ちくわ

今後、プロとしての活躍が楽しみだね!

ぽち

今回は大野稼頭央選手の出身中学などをまとめていくよ。

この記事で分かること

  • 大野稼頭央のプロフィール
  • 大野稼頭央の学歴
  • 鹿児島県立大島高校に進学した理由
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大野稼頭央プロフィール

画像引用元:週刊ベースボール

名前:大野稼頭央(おおの かずお)
生年月日:2004年8月6日
出身地:鹿児島県奄美大島
高校:鹿児島県大島高校
身長:174㎝
体重:63kg
打投:左投左打
ポジション:投手
家族構成:父、母、弟、弟の5人家族

名前の「稼頭央」は、父親の裕基さんが日米球界で活躍した松井稼頭央さん(元西武など)のファンで、息子に稼頭央と名付けました。

父親も野球をしていました。

大野稼頭央選手の投球は、最速146キロのストレート。変化球は、スライダー、カーブとなります。

画像引用元:sportive

大野稼頭央は龍郷町立戸口小学校出身

大野稼頭央選手は、鹿児島県大島郡龍郷町にある公立小学校「龍郷町立戸口小学校」出身です。

画像引用元:たつごう移住ガイドセンター
学校名龍郷町立戸口小学校
住所〒894-0107 鹿児島県大島郡龍郷町戸口1871

龍郷町には7つの小学校があり、その中の1つが大野稼頭央選手が出身した「戸口小学校」です。

教育目標:夢を描いて、たくましく・しなやかに生きる子どもの育成

画像引用元:奄美新聞社

戸口小学校には、運動会の開催を知らせる秋の風物詩「鼓笛隊パレード」があります。

全児童で構成される鼓笛隊は、4~6年生が楽器隊、3年生がフラッグ隊、1・2年生がボンボン隊となり、「校歌」「聖者の行進」「種おろしゃんせ」の3曲を演奏しながら校区3地区を1時間ほどパレードするようです。

ぽち

大野選手も、この鼓笛隊パレードを6年間したんだね!

小学3年生から野球を始めた

大野稼頭央選手は、小学1年生の時からソフトボールを始め、小学3年から龍郷野球スポーツ少年団で野球を始めます。

奄美大島はハブが有名で、野球部員はボールを探す時には専用のトングを使いハブに嚙まれないように注意しているそうです。

大野稼頭央は龍郷町立龍南中学校出身

大野稼頭央選手は、鹿児島県大島郡龍郷町にある公立中学「龍郷町立龍南中学校」出身です。

画像引用元:たつごう移住ガイドセンター
学校名龍郷町立龍南中学校出身
住所〒894-0104 鹿児島県大島郡龍郷町浦528

龍郷町には3つの中学校があります。

3つの中学校の中でも児童数が1番在籍している学校のようです。

2021年度の児童数は114人となっています。

中学は軟式野球部に所属

大野稼頭央選手は、龍南中の軟式野球部に所属していました。

中学時代に、3年生の夏に龍郷選抜チームで離島甲子園に出場しています。

離島甲子園の正式名称は「全国離島交流中学生野球大会」

こちらの大会は、プロ野球界の大エース村田兆治氏によって提唱された大会です。

全国の離島で野球をしている中学球児が一堂に会し、交流しながらトーナメント戦で戦います。

大野稼頭央選手は、中学の時から注目されている選手でした。

その大会に、同じ奄美大島で有名だった西田心太朗選手も奄美市選抜で正捕手として出場しています。

大野選手、西田選手の両名とも甲子園の常連校「鹿児島実業」から誘いを受けていました。

ぽち

高校は、西田選手の一声で決めました。

高校は鹿児島県立大島高等学校

画像引用元:大島高校HP
学校名鹿児島県立大島高等学校
住所〒894-0011 鹿児島県奄美市名瀬安勝町7-1

偏差値は47となっており比較的入りやすい高校です。

公立で、男女共学の高校です。

学校自体は歴史が古く1901年に創立しています。

野球部は1972年に創立し、8年ぶり2回目となる第94回選抜高校野球大会に出場しています。

中学3年の夏に「大島高校」に行くと決意

画像引用元:花たかネタ話

大野選手は、幼少期から鹿児島実業に憧れていて中学を卒業したら島を出て鹿児島実業で野球に打ち込もうと考えていました。

中学から有名だった大野稼頭央選手と「バッテリーを組みたい」と思っていた西田心太朗選手

夏に行われた離島甲子園で「島のみんなと野球するのってこんなに楽しいんだな。仲間と一緒に甲子園に行けたら最高だろうな…って思ったんです」と。

その思いを大野選手に打ち明けます。

「俺は大高(大島高校)に行くから。一緒にバッテリーを組みたい」

ただ、大野選手が鹿児島実業に憧れていることを知っていたので無理強いはしたくなかったと話しています。

「心太朗に『バッテリーを組みたい』と言われて、今までなんで悩んでいたんだろうと不思議に思うくらい、あっさりと『大高に行こう』と決まりました。

島に残ってみんなと一緒にやるほうが悔いはないし、達成感もありそうだなと。」

sportive

このような流れがあり、鹿児島県立大島高校に行くことを決意した大野選手。

この大野選手の決意が、もともと離島に残ると決めていた球児たちに火をつけて「甲子園が目標」になりました。

大野稼頭央の父親は大島高校野球部OB

大野稼頭央選手の父親と西田心太朗選手の父親は、大島高校の野球部OBで両家で食事をする機会もあったようです。

「進路については自分で責任をもって決めてもらいたかったので、親からは何も言っていません。僕らは会話に加わらずに、2人だけで話をさせました。」

sportive

2人の話し合いで大島高校の最強バッテリーが誕生したんですね!

弟・幸乃進も同じ大島高校野球部の投手

大野選手には2人の弟がいます。

そのうちの1人、1歳年下の幸乃進投手は同じ高校で野球部に所属しています。

兄の大野稼頭央選手は左投ですが、弟の幸乃進投手は右投。

兄同様に甲子園を目指しています。来年の活躍が楽しみですね!

奄美大島の野球熱は強い

1953年に日本復帰するまで米軍統治下に置かれた奄美大島。

野球が盛んな土地柄は米国の影響も大きいと言われています。

島内には40近い草野球チームが存在し、社会人になってから野球を始める人もいるそうです。

その熱は子供にも受け継がれ、学童野球、中学野球の熱も強い。

有望な選手は、島外の高校へ進学する流れがありました。

そんな中、大野稼頭央選手は地元の大島高校でエースとして今春、大島を2度目の選抜高校野球大会出場に導き、夏も県予選決勝まで勝ち進めました。

ぽち

見事「島から甲子園」を実現させた大野選手は、島のヒーローですね!

まとめ

大野稼頭央選手は、無事に福岡ソフトバンクホークスに指名されてプロ入りが決まりました。

福山龍太郎アマスカウトチーフ 「プロで活躍できる投手と判断させてもらった」 「先発、完投型としてしっかり育てていきたい」

今後、11月中旬に仮契約し、12月初旬に本契約と入団発表の予定とのことです。

今回の記事では

  • 大野稼頭央のプロフィール
  • 出身小学〜高校

を調べてまとめました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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