現在は「ホリプロ」に所属しており、モデルや俳優で活躍中の樋口幸平さん。
2021年には恋愛リアリティ番組「恋とオオカミには騙されない」
2022年にはスーパー戦隊シリーズの「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」主演
またファッションモデルとしても活動しており、「関西コレクション」などのランウェイにも出演しています。
高身長のイケメン俳優として活躍中の樋口幸平さんは、どのような学歴をお持ちなのでしょうか。
そこで、樋口幸平さんの出身校はサッカー強豪校の芦屋学園なのか。
大学ではJリーグ育成選手だったのか。
について、お伝えしてきます。
- 樋口幸平さんの出身小学校、中学校は?
- 出身高校は、地元で有名なサッカー強豪校「芦屋学園高等学校」?
- サッカーの元Jリーグ育成選手って本当?
それでは、早速見ていきましょう!
樋口幸平(旧:晃平)の学歴まとめ
まずは、樋口幸平さんのプロフィールをご紹介します。
- 芸名 樋口幸平(ひぐち こうへい)
- 本名 若井晃平(わかい こうへい)
- 旧芸名 樋口晃平(※2022年1月6日に樋口幸平に改名されています。)
- 生年月日 2000年11月30日
- 出身 兵庫県神戸市
- 身長 186cm
- 血液型 B型
- 事務所 ホリプロ
- 趣味 サウナ、お笑い番組
- 特技 サッカー
身長186cmでサッカーが上手、そしてイケメン!
またスラリとしたイメージとは裏腹に、関西弁でとても親しみやすく、よくしゃべるといったギャップが魅力的ですね。
小さいころからサッカー三昧の日々を送っていた樋口幸平さん。
高校卒業後は、プロのサッカー選手になるために神奈川県の「SC相模原」で練習に明け暮れていました。
ですが、プロのサッカー選手への道のりは厳しく、引退を決意。
普段はサッカーの練習着とジャージで過ごしていたため、地元へ帰る前に東京で買い物をしようと出かけているところ、芸能事務所からスカウトされたそうです。
この時は事務所には所属しませんでしたが、芸能に興味を持ち始めたといいます。
そこから、樋口幸平さんは芸能界に入るなら何をすればいいか、どんな芸能人になりたいのかを考えた結果、自分は「竹内涼真さん」のような格好良くて、演技もできる俳優さんになりたいと思ったそうです。
元々はLINEライバーとして活躍されていましたが、2020年にLINE LIVEで行われた「Popteen専属メンズモデルオーデション~2020Spring~」でグランプリを獲得したことがきっかけとなり芸能界デビューを果たしました。
なんと、スカウトは全部で8社からきていたそうです。
どんなことにも全力で取り組み、一生懸命に努力し向き合える樋口幸平さん。
とても素敵ですね。
最初に、学歴一覧をご紹介します。
- 学校名 不明(候補は2つ)
- 卒業年月 2013年3月
- 学校名 神戸市立葺合(ふきあい)中学校
- 卒業年月 2016年3月
- 偏差値 公立中学校の為なし
- 学校名 芦屋学園高等学校
- 卒業年月 2019年3月
- 偏差値43 アスリートコース在籍
- 学校名 進学していない
- 「SF相模原プロパフォーマンス・フットボールカレッジ」に1年間在籍
以上、樋口幸平さんの学歴一覧です。
樋口幸平の出身小学校
中学は地元の公立校だったことから、小学校も地元の神戸市内の公立校の可能性が高いと思われます。
ですので、地元中学校からの校区内で調べてみました。
樋口幸平さんの出身小学校は、残念ながら分かりませんでした。
- 神戸市立雲中小学校
- 神戸市立春日野小学校
ではないでしょうか。
また家族構成は、ご両親、弟(瑛人さん)、妹の5人家族のようです。
お父さまは神戸でHASAMUNKURODONY「(ハサムンクロドニー)」というハンバーガーのお店をされているようです。
お店のインスタには、樋口幸平さんもたびたび載っているようです。
お父さまもイケメンでした!
弟の瑛人さんは樋口幸平さんよりも先にすでに芸能活動を始めていました。
こちらもお父さまのお店のインスタで発見。
若い頃のお父さまにそっくりだそうです!
この写真は小さい頃の弟:若井瑛人さん。制服のモデルなどをされていたんですね。
また、樋口幸平さんは小学2年生のときにサッカーを始めており、漫画「キャプテン翼」の登場人物「岬太郎」に憧れ、将来はプロサッカー選手を目指していたようです。
樋口幸平の出身中学校
学校名 | 神戸市立葺合中学校 |
---|---|
所在地 | 〒651-0056 兵庫県神戸市中央区熊内町1-4-28 |
最寄り駅 | 春日野道駅(阪急) |
公式HP | https://www.kobe-c.ed.jp/fki-ms |
兵庫県 神戸市葺合中学校 偏差値なし
樋口幸平さんの出身中学校は、公立の神戸市立葺合中学校
この時、中学のサッカー部には所属せずに、「三宮FC」三宮フットボールクラブジュニアコースに所属していました。
こちらはTwitterのアカウントの「若井晃平」さんが、2015年に中学3年生であることから年齢、そして弟の瑛人さんに関するツイートや画像から、ご本人のものであることがわかります。
中学時代もサッカー三昧の生活を送っていたようですが、同級生と大好きなお笑い芸人「ジャルジャル」のネタをマネして遊んでいたことも明かしています。
この辺は、可愛い中学生という感じですね(#^.^#)
樋口幸平は芦屋学園高等学校出身!
引用:
学校 | 芦屋学園高等学校 |
---|---|
所在地 | 〒659-0011 兵庫県芦屋市六麓荘町16-18 |
最寄り駅 | 苦楽園口(阪急) |
公式HP | https://www.ashiya.ed.jp/hi/ |
兵庫県 芦屋学園高等学校 アスリートコース 偏差値43
樋口幸平さんの出身高校は、私立の共学校の芦屋学園高等学校
1937年開校の私立の共学高校で、スポーツのアスリートコースがあることから、部活動が盛んであることがわかります。
特にサッカー部は県内でも強豪として知られています。
ユニフォームに「Ashiya gakuen」とあることから、高校では学校のサッカー部に入っています。
ポジションはフォワード(FW)で、エースナンバーの「11」。キャプテンマークもありますね。
そして、なんと言ってもこのルックス!
きっと当時から有望な選手としても、周りの女子からも、かなり注目されていたのではないでしょうか。
また芦屋学園高等学校は以下の4つのコースを設置しています。
樋口幸平さんはアスリートコースに在籍していたと思われます。
国際文化コース→偏差値50
特進コース→偏差値47
アスリートコース→偏差値43
総合進学コース→偏差値43
樋口幸平さんは地元のサッカー強豪校である、この高校に進学し、レギュラーを勝ち取っていることから、卒業後にはプロのサッカー選手になれるという自信があったと言っています。
高校時代のエピソード
innyou :
「高校2年生の時にすごく仲のいい友達にプレゼントしてもらったお財布はずっと使っています。サッカー漬けでみんなバイトもしていなかったのに、4人の友達がお金を出し合って、頑張って買ってくれたんですよ。それが本当に嬉しかったのと、黄緑の色合いが好きで、ずっと使い続けています。」
これは、高校時代の思い出についてのインタビューで語られていました。
友達のためにお金を出し合い選んだプレゼント。もらった方はもちろん、プレゼントした方も「まだ使ってくれている」と知ったらとても嬉しく良い思い出になっているんではないでしょうか。
また恋愛についても
「僕が高校生の時に好きな先輩がいて、そのときが人生で一番本気の恋をしていたなと思います。好きだった期間もすごく長かったですし、『一緒にいたい』という思いも強くて、その時が自分の中で一番真剣な恋でした。」
これは、高校時代に人生で一番の恋を経験したことについてのインタビューで語られていました。
とても微笑ましいエピソードです。学生時代の思い出は本当に記憶に残りますよね。
樋口幸平さんを知っていくと、サッカーも恋愛も全部一生懸命取り組んでいたんだろうなと思わされます。
高校時代はサッカー部で励んでおり痩せていなかった!
現在の樋口幸平さんはお顔が小さく、細見でスラっとしたTHEモデル体型といった感じですが、高校時代はどうだったのでしょうか。
上記で載せた、芦屋学園高等学校のサッカー時代の写真を見ても、今と変わらずモデルさんのようですが、もしかしたら高校時代の方が筋肉質だったのかもしれませんね。
その時と比べると、現在は俳優やモデルのお仕事のためさらに身体を引き締めているのかも知れません。
それにしても、お顔ちっちゃい!足も長すぎです!!
樋口幸平は大学に通っていた?
樋口幸平さんは高校を卒業後は、大学には進学していません。
大学には進学せずにJリーグの育成選手として「SC相模原プロパフォーマンス・フットボールカレッジ」在籍し、プロのサッカー選手を目指していました。
大学に進学も考えていたようですが、どうしてもプロのサッカー選手への夢を諦めきれず、親を説得したそうです。
ここで樋口幸平さん(本名:若井晃平さん)のプレーが見られます。https://youtu.be/nXNtim9Dupg
大学時代には〇〇怯える日々
大学時代と書いていますが、【SC相模原プロパフォーマンス・フットボールカレッジの育成チーム】でのことです。
これまで、自分はプロになれる!という自信があった樋口幸平さん。
しかし、現実はそう甘くはありませんでした。
樋口幸平さんは何に怯えていたのでしょうか。
それは、「戦力外通告」!!
この5文字の恐怖に怯え、プレー自体にも影響していったようです。
SC相模原プロパフォーマンス・フットボールカレッジに在籍後のことについてはインタビューでこのように語られていました。
「育成チームに入ったからといって、プロ選手になれるとは限りません。実力主義で、いつ契約終了になってもおかしくない厳しい世界。兵庫では自信満々でしたが、そんなサッカー少年たちが全国からチームに集まっていて、見事に自信を打ち砕かれました。」
また自身のプレーが悪くなっていった理由についてはこのように語られていました。
「Jリーグの1番下のリーグ選手の給料、過酷さ、戦力外通告というこの5文字の恐怖。目の当たりにして自分がやっているスポーツはとてつもなく恐怖があるものだと知ったときはプレーが悪くなっていった事も忘れません。」
そんなある日、樋口幸平さんは腰にケガをしプロの道は無理だと引退を決意したようです。
結局、「SC相模原プロパフォーマンス・フットボールカレッジ」には1年間の在籍。
これまでサッカー一筋だった樋口幸平さんにとって、育成選手を辞めるという決断は大変つらかったと思います。
引退理由として、ご自身のnoteにもこのように綴られていました。
今日でSC相模原プロ育成選手としてチームを離れると同時に現役の育成選手プロを目指すスポーツ選手として引退をしました。
この決断は本当に自分にとって辛く苦しく大きすぎたものだったと思っています。自分は、小学2年生からサッカーを始めプロサッカー選手を目指しました。
そのプロサッカー選手と言う夢はまだその頃には分からない、とてつもなく狭い道だったと今すごく感じています。自分がサッカーでは限界だと決断した時恥ずかしながら一人で涙が止まりませんでした。
外に出たくなくなりました。みんなから期待をされている。
と思いプレッシャーで押しつぶされそうでした。
リーグの1番下のリーグの選手の給料、過酷さ、戦力外通告と言うこの5文字の恐怖。
目の当たりにして自分がやってるスポーツはとてつもなく恐怖があるものだと知った時はプレーが悪くなっていった事も忘れもしません。
引用:若井晃平note
樋口幸平さんはこの時の心境について「ものすごくつらかったです」と話しています。
幼いころからの夢であるプロサッカー選手を諦めなければならない、悔しさと恥ずかしさで、一時は外出もできなくなるほど落ち込んだそうです。
また親の反対を押し切ってまでこの育成チームに入り、大学にも進学していなかったため、この先の人生をどうしようかと不安になったそうです。
幼いころからプロのサッカー選手を目指して、頑張ってきたサッカー少年が現実の厳しさを目の当たりにし挫折を味わった・・・というのがひしひしと伝わってきます。
ですが、この経験があってこその、今の樋口幸平さんがあるのも事実。
俳優への道もどんどん応援していきたくなりました!
まとめ
ということで今回は樋口幸平さんの学歴についてご紹介しました。
本記事の内容
- 樋口幸平さんの出身小学校、中学校は?
- 出身高校は、地元で有名なサッカー強豪校「芦屋学園高等学校」?
- 大学へは進学しているの?
- サッカーの元Jリーグ育成選手って本当?
サッカーに対しても、芸能活動に対しても、一生懸命に努力できる樋口幸平さん。
きっとこれから俳優としてどんどん活躍されることと思います。
今後の活躍に注目し応援していきましょう!
最後までお読みいただきありがとうございました。